かくどん#面白さについて

その人の価値観に添うものであって、想像力や好奇心を刺激して、尚且つ不快な要素が少ないもの、は、確実に面白いと言えると思う。

思うけど……これ深淵なテーマですね。

結局「面白いと思うものが面白い」
って一言が全てなのかも。

きちんと考えて作り込まないと真に面白くならないことは分かるんだけど、「面白さ」を考えようとすると見つからなくなる。


実は良質な翻訳もの小説の、ちょっと風変わりな日本語が好きなんです。
子供のころはもう、そればっかり読んでました。
なんでしょうね。
本来日本語にない表現を日本語で、しかもおかしくないように翻訳されたものは、日本語の面白さを思いがけない角度で見せてくれたと思っています。
ネイティブ日本人としては決してその味わいを完璧に再現することはできないのですが、「面白さ」を忘れないでいたいですね。


多分なんですが、「キャラクターのものの考え方があまりに類型的、通俗的になると、嘘くさくなる」という信念があります。
ステレオタイプの面白さというものもあるとは思いますが、実際に生きていけば、私たちは必ずしも「ステレオタイプな考え方」で割り切れる場面ばかりではないっていうことに気付きますよね。
なのにキャラクターがステレオタイプな考え方や役割から一歩も出てこないと、どうも騙されているような気になるし、迫力を感じないのですよね。
多面的にキャラクターを捉えると、面白くなると思います。
特に長編。

逆に「面白くない」って、「読者がイライラする事」だと思うんですよ。

お話が盛り上がりに欠ける、登場人物の一部や全体が魅力的ではない、あまりにも難解過ぎる(幼稚過ぎる)、ストーリーや登場人物の内面性が崩壊している、暴力的・性的描写が多い(少ない)、文章の拙さが感じられる、更新頻度が低い、ジャンルやストーリーに他の作品との差別化が感じられない、etc。

お話として作る以上、ちょっと触れただけでイラっとしてしまう方や、どうしても読んでいてイラって感じさせてしまうかもしれません。

しかし、上であげたような事から逆算して考えると私は、「読者を必要以上にイライラさせない事」が「面白さ」ではないかと思います。


うーん、相対化できない価値観は数値化も出来ないわけで、さらには個人の「面白い」という感情そのものすら実際には何かの影響だったりで、信用が置けないから、これを基準に物事を考えるのは危険だと思っている。
人気だからというだけで、自分の脳みそ通さず、それを面白いと信じ込もうとしてるだけの人とかも多いんじゃないかなと思う。
昨日見た番組だけど、セレブが裏技使用の安物と高級料理を判断出来なかったりしたのを見ると、感覚ってのはアテにならんとつくづく思った。


自分が思う面白さは「意外性」かな?自分の頭の中に全く存在していなかったものに出逢えた瞬間の驚きが「面白い」だと思うし。


「面白さ=文脈変化×納得感」は、あくまで何かを生産するために扱いやすい形に整えた考え方であり、「面白さ」の本質ではありません。

ではその本質は何かというと、それは「学びの快楽」だと思っています。
人間は何らかのパターンを学習していく生き物です。
「学び」とは新しいパターンを知ることであり、新しいパターンとは既存パターンの例外にあたるものです。

文脈変化とはつまり、そのパターンから類推できない例外に出会うことです。
そして納得感とは、例外が例外として存在する理屈を知ることです。

さらに言えば、学習したパターンというのは脳に形成された神経回路であり、新しいパターンというのは新しい回路の繋がりを獲得することです。
それはつまり脳の発達です。
なので「面白さ」の根源的な姿は脳の発達であり、人が面白いものを渇望するのは、人類が脳を発達させることを生存戦略とした結果かもしれません。


ストーリーというものが実現しようとしているのも、結局のところ大きな枠組みでの「文脈変化×納得感」だと考えています。


リアルな描写がなぜ必要なのか、どの程度必要なのかという問題も、納得感で考えるとわかりやすくなります。
現実に起これば納得するしかないわけで、その現実に近づけることで納得感も強くなります。
だからリアルな描写が必要になります。
ただ、リアルな描写が多いほど面白いのかというとそういうわけでもありません。
あまりにもダラダラと連ねてしまうと文脈変化が緩慢になり、受け手に変化を変化と感じてもらえなくなります。
納得感が強くても変化が0なら面白さは0です。
それは文脈変化との無関係なところでのリアルな描写においても同様のことが言えます。


この「面白さ=文脈変化×納得感」という考え方に則るならば、「面白さ」がより小さくなるパターンが4つあります。
いわば「つまらなさのチェックリスト」です。

①土台となる文脈が形成されていない
②変化後の文脈が形成されていない
③文脈の変化が小さい
④納得感が弱い

これは自分が何かを作っている際に内容を見直す場合に役立ちます。
他人が見たら明確に当てはまるものがありそうだな、と思ったら他人にとっては面白くないものである可能性が高いです。
当てはまった項目をしっかりと補強する必要があります。


「文脈変化×納得感」は客観的な「面白さ」を判断するためのものですが、各受け手にとっての「面白さ」を判断するためには、さらにそこに受け手との「関連性」を加えます。
つまり「個人にとっての面白さ=文脈変化×納得感×関連性」です。
人は自分と関連性のあるネタほど面白く感じるものなので、ターゲットが明確な場合はそれも「面白さ」の判断に役立ちます。


「面白さ」が何なのかというのを、自分の言葉で認識し、直感的に使えるかどうかで「面白さ」の生産性が大きく変わると思っています。
僕の場合、「面白さ=文脈変化×納得感」だと考えています。
予想されうるものから大きく離れものと結びつき、その結びつきにより強い納得感が伴うほど面白くなります。
もちろん両方の要素で優れているのが理想ですが、納得感はそこそこだけど変化が大きかったり、変化に乏しいけど圧倒的な納得感があるような場合でも面白くなります。
「面白さ=文脈変化×納得感」とはストーリーにだけに当てはめるものではなく、設定や人物像など、全ての要素を含みます。
たとえば設定なら、ありえない組み合わせを説得力のある説明で実現するほど面白くなります。
人物像ならば、キャラクターが言うはずもない言動や、取るはずがない行動を、納得感のある経緯で積み重ねていくほど面白い人物像になっていきます。

面白さについて語っている人もちらほらいるので、 も追加しておこう