かくどん#物語の構成



趣味であるTRPGの、「原作となる小説」を想定して執筆したもの。
物語のキャラクターたちは、神々(世界規模のTRPGのPL)のPC(プレイヤーキャラクター、神々の名代)として世界に放たれたという存在。
いちいち書いてはいませんが、実はキャラクターたちが何か行動するたび、彼らをPCにしている神々がダイスロールをしているんですよね。
こういう物語もあるよということで。

「世界は骰子と遊戯盤」
kakuyomu.jp/works/117735405488

kakudon.com/media/4WPd2uwIGrJT

「冒頭に死体を転がせ」の真意? Show more


最初に大きな謎をどん!!と持ってきて、それを巡る謎解きとか策謀とかを書いていきます。
すぐに答えが読まれないように一ひねり二ひねりすることも忘れずに。
混み入りすぎて、読者様が脱落しないように、興味を引きつつ、情報を整理できるような構成も常に気を付けますね。

「司馬遼太郎と池波正太郎の違い 又は 物語のラストまで考えて書く or 書きながら考える の話」 その⑨(終わり) Show more

「司馬遼太郎と池波正太郎の違い 又は 物語のラストまで考えて書く or 書きながら考える の話」 その⑧ Show more


ショートショートを書くとき
(140字で書くときも)
これは気にしてます。

ロバート・オバー・ファーストの短編小説の三原則
「斬新なアイデア、完全なプロット、意外な結末」

私事ですが、書き方が適当なんで第一稿そのものがメモ帳のラクガキ状態になったりします。

作品ごとで違って、推敲しまくりで進めていく事もあれば、メモ状態とかト書き状態で進める事もありで一定しません。

ト書きやメモ状だと、言った。のオンパレードで描写もスッカスカです。ネットはもう書き換え上等と思ってるんで、全文削除だけはなんとか思いとどまっている感じです。(エッセイとかは存在を無かったことにしたくていつもウズウズしてます)

改稿前提で書いたものでも、書いてしまえば満足してしまい、後はもう消してしまいたいの衝動と戦うばかりの作品も多いです。

「司馬遼太郎と池波正太郎の違い 又は 物語のラストまで考えて書く or 書きながら考える の話」 その⑦ Show more

「司馬遼太郎と池波正太郎の違い 又は 物語のラストまで考えて書く or 書きながら考える の話」 その⑥ Show more

「司馬遼太郎と池波正太郎の違い 又は 物語のラストまで考えて書く or 書きながら考える の話」 その⑤ Show more

「司馬遼太郎と池波正太郎の違い 又は 物語のラストまで考えて書く or 書きながら考える の話」 その④ Show more


(私見のヨタ話なので読み流して)
「司馬遼太郎と池波正太郎の違い
又は
物語のラストまで考えて書く
or
書きながら考える
の話」 その③

昨日のつづき

ところが、話が収束に入るとウリだった「先の見えないワクワク感」がなくなっちゃうわけです……。それ込みでの前半のおもしろさだったのにそれが後半なくなっちゃうのですから「あの話、最初はおもしろかったのに」「後半ショボイ」という評価になりかねません。
(しかも、計画性がないので全伏線の収拾を一斉にはじめたり……変でしょ?)

で、話戻るが自分はお話はラストを考えて書き始めるのが正しいと思っている。
(補足:その①にも書いているが特に連載を想定していますが長編書下ろしでも)
繰り返しになるが
もちろん、書いているうちに構想が広がって着地点が変わるのはかまわない。だが、お話がどこに帰着するかを考えてから書き始めるのが正しいと思う。

理由としては
・ラストが決まっているので話の収拾がつけやすい。
・話が途中で詰まりにくい。
・後半ショボクなるのを防げる。
(つづく)


「司馬遼太郎と池波正太郎の違い
又は
物語のラストまで考えて書く
or
書きながら考える
の話」 

これは補足。
「プロットが後から変更できない」
の話


長期連載だと基本、発表した分のプロット(と、いうかSTORY)とそれにつながる部分のプロットは変えられない。
今回は司馬遼太郎の「箱根の坂」を上げたが、これ新聞連載です。

WEB小説だって初回、50人読んでくれた。二回目30人、三回目……みたいに減ってく中で、ちょっと前の話結構変えたわ!読み直してって……脱落者多そう。まあ、人気作家なら可能でしょうか。

あと、「極端な話」(←いちおうことわってる)、細かいプロットまで先に計画しちゃうとうんざりと書きましたが、実は大まかに話し決めてるだけでもだいたいの流れがきまっている中でそれに何年もつきあっているうちに程度の差はあれ飽きると思う。
「ラストの見えない話」でも同じ主題でお話を何年も書いているかぎりやはり飽きるのだが、自分でも話がどうなるかわからないうちは「飽き難い」だろうと思う。モチベーション維持に効果があるかなというのがメリットの第二項目の意図です。


(私見のヨタ話なので読み流して)
「司馬遼太郎と池波正太郎の違い
又は
物語のラストまで考えて書く
or
書きながら考える
の話」 その②

昨日のつづき

(ただし、諸刃の剣。後述)

・書いてて比較的飽きにくい。
これ、実は大きいだろうと思う。お話づくりでスジを考えるのは楽しい事の一つだろう。
極端な話、細かいプロットまで先に計画しちゃうと、後は「ただの作業」になりかねない。先のわかっているストーリーを延々と(長編の場合、数ヶ月~数年!)にわたって書き起こすのはうんざりかも。

ではデメリットは?

・話を広げやすい=収拾がつかなくなりやすい。さらにその結果、話がしりつぼみ、端的にいえばショボイ結末になりかねない。

長期連載の小説でもマンガでも『あ、広げたエピソードの収拾に入ったな』というのがわかる時がある。作者がそろそろ終わらせる準備をしているというのがわかっちゃうのだ。読者は「ああ、これ後半戦」なのか」と悟る。
ところで、この手の「先が見えない話」ってだからこそ、どこまで広がるからわからないからこそおもしろい!って場合が多々ある。

(つづく)


(私見のヨタ話なので読み流して)

「司馬遼太郎と池波正太郎の違い
又は
物語のラストまで考えて書く
or
書きながら考える
の話」

司馬遼太郎は「箱根の坂」を書く前、「ラストまで考えてない」みたいな事書いていた。(もちろん、大まかな流れは考えているけど)
それに対して、私見だが池波正太郎はラストまで考えて書いていると思う。理由は劇作家出身であるので、構成をきっちり決めて書いていると思うのだ。

ラストまで話考えていない、のに連載とかはじめちゃう。
これ、いろいろな考えあるかもしれないが自分は邪道だと思う。
だいたい、HPラブクラフトも萩尾望都も「お話はラストまで考えて書きましょう」と言っている。
お話書いているうちに構想が広がって着地点が変わるのはかまわない。しかし、ちゃんと最後まで考えて書きはじめましょう。(by 萩尾望都)

しかしながら、じゃあ、それでもラストまで考えないで連載始めちゃうメリットは何か?と、いうより、もしメリットがあるとしたら何か?

・まず、着地点を決めてないからどんどん話しをひろげやすい。したがってスケールの大きな話ができる。

(つづく)


ちょっと齟齬があるようなので補足。
昨日のツイートはwikiPEDIAの三幕構成の記事を前提にしています。
まだ読んでいない方は読んでみては。力作記事ではあると思う。
ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8
ただし、内容どこまで正しいかわからんが。
この内容見ると、一幕ごとの構成要素が結構細かくきめられちゃってる。
で、自分はうそかまことかシド・フィールド氏のこの教科書に沿った構成じゃないと海外では脚本相手にされないと聞きました。
我々は脚本各わけではないしこんな他人の決めたフォーマットにしたがう必要全然ないんだが、、逆にお話の構成に困ったときは参考になるだろう、くらいのニュアンスです。
実際、そんなルールに従う必要ない証拠?に、日本の映画は?というとその呪いからは逃れているだろうといいたいわけです。

↑火垂るの墓も千と千尋の神隠しも序破急(やな言い方、音楽用語を無理に流用)、起承転結でできているのは当たり前でそういう話じゃないです


シド・フィールドの本は積読になってて読んでないけど、プロットポイントを軸にして構成していくハリウッド系の脚本術はいくつか読んでいて、めっちゃ役立っている。
なのでそれらの源流となるシド・フィールドの本はかなりおすすめ。
kakudon.com/@himagine_no9/5999

注意すべきこと

「三幕構成」の呼称に引きずられて形式主義に陥らないこと。

劇作における三幕構成とは
①舞台設定や登場人物の紹介をする発端部
②実際にメインストーリーが転がり、登場人物が試行錯誤や葛藤を重ねる主部
③最大の問題が解消し得る最大の障害と向き合い克服を試みるクライマックス&結末部
のことであって、どの物語でも必要不可欠な要素を便宜的に3つに分けたに過ぎません。

従って、『火垂るの墓』も『千と千尋の神隠し』も三幕構成です。(前者は時制の異なるプロローグとエピローグが加えられてるので些かトリッキーですが。)

注意してること

①登場人物間の対立構造を忘れないこと。意見の相違で道を違える等。対立関係にある者が和解する話、仲の良かった者たちが仲違いする話、どちらが善でどちらが悪といったものでなく正義対正義のような対立の話、などのパターンあり。

②秘密を作ること。キャラクターの抱える秘密は展開にアクセントを与える。「知られたくない秘密はバレる」「あとで自分で知らせたい秘密は誤解を生んで騒動になる」の法則を発動させること。

③ギャグを入れられそうなタイミングにはギャグを入れる。ただしストーリーに沿った内容のものを。


 三幕構成の話
(WIKI読んだくらいの知識ですが)
見ている人をあきさせない構成の
参考にはなると思います。
ただ、やはり映画や舞台のような単発のお話向けの方法だと思います。

 連載や大長編で三幕はないだろう。もし、あてはめるならば……
 連載の各話ごとに三幕構成をあてはめるっていうのはありかもしれない。
しかし、シチュエーションが入れ替わるだけで毎回同じような展開になってマンネリ化しそう。
 大長編に当てはめるとすると全体を3部構成とかににするのはありそう。立志編、怒涛編、復讐編とか。
各編に三幕構成の流れをあてはめる。
だが、それでは長編だと間延びするので、いろいろ流れを付け加える必要あって結局構成は形骸化しそう。
でも話しづくりのきっかけにはなりそう。

 いづれにせよ、0からお話を作るときはこういうフォーマットがあったほうがお話づくりは楽そう。要はどんどん壊していけばいいと思う。

 ところで外国の映画の脚本はそもそも三幕構成じゃないと採用されないみたいな話もあるけど、それも日本人の自分からすればおかしいと思う。
蛍の墓とか千と千尋なんて三幕構成じゃないだろ。