かくどん#一人称か三人称か

短いと一人称、長くなるにつれ三人称の傾向がありますねい。

圧倒的に三人称が多いです。一人称を使うのは、意図的にもう一人の登場人物の心情や細かな行動(一人称の担当の人物からは見えていない範囲の行動)を隠したいときですね。

今書いているのは一人称ですが、基本的には三人称です。
物語の範囲を広げようとすると三人称になる癖があります。

一人称中心ですが、三人称も時々書きますね。

書く方は三人称ですね。
読む方も三人称小説を読みがちですが、割と一人称も読みます。

私の場合は話の規模によりますね。
小さければ一人称、大きければ三人称になります。
大きくなればなるほど一人称では制御できなくなってくるので。


完全に一人称一択なんですが
一時期環境的に文字を打つ以外の作業が何もできなくてでも何かしらしたいなって時に、1日1短編作るぞキャンペーンをセルフ実施していて、三人称書く練習も兼ねて童話書きましたね。

まあこれのことですが
kakudon.com/@metsu43125/130339


基本一人称でしか書けないので、三人称の練習も兼ねて童話風書いてました。


まぁ、このタグ見てなんとなく思ったから試してみただけです。
ちなみに私は一人称派。でたまに三人称化する感じかな。
完全統一視点書く能力はないですわー

一人称のこだわり Show more

長くなったのでたたみます、人称のお話 Show more

実のところ、この問いの立て方が果たして妥当なのかという疑問をいつも持っている。語り手を誰にするかという問題でしかないので。

他方、三人称の文章であっても「視点」をどこに置くかで描き方は変わってくるし、他人の内面にずかずか入り込んで解説してしまうような「神の視点」で描くのか、あるいは特定の人物から見えない出来事はあえて書かないという手法を採るのか、カメラで写すように人の内面にまでは立ち入らず描写するのか(この場合は映像的な暗喩を駆使することになろう)といった選択の方が重要に思えてならない。

正直な話、自分が書く場合においては模索の段階ですなァ。基本スタンスは「カメラのように」だし、一人称で書くときには内面についても言及できる一方でええかっこしいや語りたくないことがあるという「嘘」を生じさせるべきだと思っている。三人称のときは人物の内面を手当たり次第に語り出すとキリが無くなる。そこはちょっとずつ題材と馴染む形で自分が飽きない程度に実験していきたい。


どっちがいいのかもまだわからない。
けど、1人称は一気に書けるけど内容がぐちゃぐちゃになりやすく、3人称はぜんぜん筆が進まないけど、その分構成がしっかりしやすい 『気がする!!』


今の作品は一人称のみです。
視点転換は無しで。実力的に無理をしている気はするのですが。
視点転換での種明かしは好きなんですけどね。

今、一人称の小説に挑戦してるんですが、結構行間が空いてしまいます…。
ネット小説にするなら見やすいかもしれないけど、本にすると逆に読みにくいかなぁ…と悩み中。


最近の自分の傾向だと、主人公の内面を知ってほしい場合は一人称、他の登場人物の内面も知ってほしい・あるいは主人公に同一化してほしくない(してもらってもいいのですがおそらくしづらい)作品の場合は三人称を使ってますね。ただ一人称の方が筆の進みが早いような気がします。
自分の書いた二次だと結構三人称がありますが、オリジナルは圧倒的に一人称が多いです。三人称が得意な方には憧れますね。

三人称。一人称は書きやすいですがなんかちょっとアレな感じがします。好みの問題。あと三人称のほうが視点を移すことが簡単。時々その視点の人間の一人称(独り言)が入る程度な感じの書き方です